分岐点

 

まさか自分がはてなブログを書く日が来るなんて思わなかった。


この変えられない状況で前を向くしかないと頭では分かっていても、なぜか突然気持ちが16日に逆戻りして分からない辛い苦しい嫌だになった時に

前を向いて歩き出している今、こんな気持ちのやり場が無くてどこに癒しを求めていいかわからない時に、自分以外のいろんな8号車がコーイチ脱退をどう受け止めたのか書かれたブログを見て少し救われた。


そういう同じ気持ちの人がいるのかもと思ったのと、
単純に今の自分の気持ちを言葉として残しておきたかった。

 

 

 

 

 

 

大前提として私は「7人の超特急」が好きだ。

こんな書き方をする日が来るとは思わなかった。
超特急は7人なのが当たり前だったから。

 

でもこれからはそうではないらしい。
「コーイチ」と「6人の超特急」しか無いらしい。


一本だった道が別々の方へと進んでいく。

彼らも、私達も。

 

奇跡のようなバランスの「7人の超特急」をずっと好きでいた自分にはまだどちらも選べない。
選ばないことも出来るけれど、それではどうやら時間に置き去りにされ前に進めないようだ。

現場至上主義だからこそ殊更に思う。

 

でもまだ私は「コーイチ」も「6人の超特急」も見ていない。
選び方もわからないまま無情にもアリーナツアーの先行は締め切られたけれど。
まるで「7人の超特急」から延長線上にあるように掲げられるけれどそれは全くの別物だ。

 

 

 


私が何年も好きで日本中を飛び回り

生きる糧であったグループはもういないのだ。

 

 

 

 

 


喪失感。
それがこの数日の最たる感情なのだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 


脱退発表からしばらくは分からないことが多過ぎていろんな憶測を立てては縋ろうとしたり、コーイチの安否を心配したり、メンバーに感情移入してしまい辛く悔しくなったり、やり方がおかしいと腹を立てたり、冷静に6人の活動を懸念したり、新着情報にコーイチがいたりいなかったりしていまいち現実味が無かったり、推しのことを考えたら幸せになってほしいし応援するしかないと思ったり、客観視して笑っちゃうくらい情緒が乱れて頭も混乱していた。

 

やっと冷静になって(と思っている今)言えるのはシンプルにこれまでの超特急がこれから先見られなくなることが耐えられないのだと思う。

 

 

今後を考えるとしっかりと「6人組」になってもらわなければ困る。
ずっとコーイチの影を感じるようではここから上へは行けない。
でも6人の超特急を好きになっていいのだろうかという後ろめたさのような変な気持ちもある。


そういうことではないと分かっていながらも6人でもやっていける!と思ってしまったらコーイチの存在を無下にしているようにも思えてしまって、
これまで何度も言ってきた「この7人じゃなきゃ!」を言い続けたい。
でもこれから先その言葉を口にしたら未練になってしまう。

 

これからどういう気持ちで見ていけばいいのか分からない。

 

コーイチが歌いフォーメーションにも組み込まれた既存曲がいくつもあり、これからもその楽曲と共に活動していく超特急を新しい6人組として見ていけるのか。
繰り返し脳裏に焼き付けるように何度も見てきたからこそ、ここでコーイチが…と反射的に目で追ってしまう癖を直さなければならない。
新しいフォーメーションを見てどうしても過去と比べてしまうかもしれない。

 

 

既存曲を聴くのもすでに辛い。
あの目黒のライブの日から、しばらく聴けなくなっていた。
私は現場にはいなかったけれど、どうやらあの場所にコーイチはおらず吉野晃一がただそこにいたらしい。
知らないところで吉野晃一が始まっていた。
ということは、終わったのだろうか と二度と7人を見ることは無いと頭ではわかっていたけれど実感の無かったことがジワジワと現実味を帯びた。


「超特急で食ってきたい」「ここまで来たら絶対投げ出さないから」「正直もうやめられない」「ずっとこのまま信じていて僕が君のこと連れて行こう」…

イヤホンから流れてくる音楽が虚しい。
コーイチが歌っているパートだからこそ余計に歌詞に説得力を感じられなくなってしまった。

もちろん脱退を決めるその瞬間までこれらの歌詞を誠心誠意歌ってくれていたことは分かっている。
それは嘘じゃない。
結果的にこうなってしまっただけだ。

 

私は今までコーイチのいる超特急を何年も見続けてこられたし、行けるだけの現場に行ったし、当たり前じゃないと噛み締めながら毎公演大切にしてこられた。
コーイチのいるありがたみを何度も感じながらライブでは抱えきれないほどたくさんの感情を持ち帰って来られていたから、
「なんでもっと行かなかったんだろう」という後悔は全く無くて、そんな過ごし方をしてきた過去の自分を褒めたいくらいだ。
好きな超特急をたくさん見てこられて良かったなという気持ちは間違いない。

 

流れてくるあの時の歌声を今聴いている自分が今のコーイチと重ねてしまうからいけないのだ。
裏切られたと思えたらどれ程分かりやすかっただろうか。

 



それにこれからの超特急も変わらぬ目標に突き進んでいく。

 

それならばいっそRINGの時のように、ほとんど新曲が収録されたアルバムをリリースしてそれを引っさげたツアーにしてほしいとも思うけれど、メンバーそれぞれの負担 特にタカシのことを考えると素直に言えないところはある。

 

でもそんなことを言っていたらこれから先やっていけないのでは、とも冷静に思う。


そういった既存曲をやらなくなってしまうのも寂しいしグループとしての信念は変わらないのだからタカシの歌声で今の超特急として早く聴きたいという気持ちもある。

 

 




でもこれからの活動を決めるのは私ではない。
超特急だ。


それを見て受け入れ応援したいと変わらず現場に行き続けるのか。

どうしても受け入れられずに下車することになるのか。

はたまた好きな気持ちではあるけれど受け入れ切れずに現場には行かず在宅になるのか。

私に決められるのはそれくらい。

 

そして吉野晃一名義でソロ活動するとはまだ何も言われていないけれど、
超特急ではない姿でステージに立つコーイチを、
どう見守っていくのか。

 

 

 


 

結局は見てみないと分からない。

 

 





 

パーフェクトバレンタインまであと5日。

 

 

 

 

 

 






 

 

 

いろんな心配があると思います。


いろんな思いがあると思います。

 

でも僕はその思いをライブで全て
払拭したいと思います!

 

僕たち超特急が表現する場所はいつだって
8号車のいるステージの上だから

 

  https://lineblog.me/bltr_blog/archives/13170095.html

 

 

 



 

推しの言葉を信じている。

 

 




 

 

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